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加藤碵一(かとうひろかず)

1947年神奈川県横浜市に生まれる

1973年東京教育大学大学院理学研究科地質鉱物学専攻修士課程終了

1975年 同博士課程中退(1977年理学博士)。通商産業省工業技術院地質調査所入所

その後、地質部層序構造課長、国際協力室国際地質課長、首席研究官、企画室長、環境地質部長、次長を経て

2001年 独立行政法人 産業技術総合研究所地球科学情報研究部門長

2002年 同東北センター所長

主な著書
「地震と活断層の本」
(共著,1979,国際地学協会)

「地震と活断層の科学」
(1989,朝倉書店)

「日本地質図大系4 関東地方」
(共著,1990,朝倉書店)

「日本地質図大系5 中部地方」
(共著,1991,朝倉書店)

「新しい地球観を探る」
(共著,1993, 愛智出版)

「地質構造の解析- 理論と実際」
(共著,1994, 愛智出版)

「地震と活断層を学ぶ」
(共著,1996, 愛智出版)

「日本地質図大系1 日本の地質総図」
(共著,1997,朝倉書店)

「石の俗称事典」
(共著,1999, 愛智出版)

「地震列島日本の謎を探る」
(共著, 2000,東京書籍)

「地質学ハンドブック」
(共編著,2001,朝倉書店)

「北アナトリア地震紀行」
(2004,愛智出版)

取材日:05/01/19

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今回は独立行政法人産業技術総合研究所
東北センターの所長を務めておられます加藤碵一さんに
東北工業技術試験所(東北工試)の研究内容や
「工藝発祥」の記念碑について
そして「黒鉱」についてお話をしていただきました。

北工業技術試験所の役割

 産業工芸試験所(産工試)東北支所を
発展的に解消して、工業技術院傘下の15番目の
試験所として東北工業技術試験所(東北工試)が
昭和42年6月1日に苦竹に設置されました。

東北工試は、地域に密着した開発研究の推進と
試験分析センター機能の発揮を目的とし、
前者として東北地方の金属鉱物、工業用鉱物及び
その他の資源の開発利用に関する試験研究を行うこと、
また後者として鉱工業技術発展の基礎となる
材料試験及び分析技術に関する地方センターとしての
役割を果たすこととなりました。


 当時東北地方のグリーンタフ地域に胚胎する
「黒鉱鉱床」の開発機運が高まっていたことに
対応して、昭和43年度から3カ年計画で
工業技術院特別研究「黒鉱の高度利用技術に関する
研究」を実施しました。


ザイン研究の終焉

 発足直後は、5課制をとり、
その1つに産業工芸課があり、その下に
工芸材料研究室・応用技術研究室・意匠研究室を設け、
雑貨製品、工芸品の意匠、性能、品質ならびに
加工技術に関する試験研究を継承しましたが、
しだいに上記研究業務の黒鉱自動選鉱の
研究などに集約され、残念ながら産工試以来の
デザイン研究は終焉を迎えました。

しかし、これらの成果(試作品他)は、
一部現在の(独)産業技術総合研究所東北センターに
保存され、関係者各位のご努力で、
整理・展示され公開されています。


念碑の材質

 産業工芸試験所産工試東北支所は、
まさに近代工芸デザイン発祥の地であり、
それを記念した碑が、現在も宮城野区五輪の宮城野中学校敷地内に立てられています(写真1)。


写真1 「工藝発祥」(工藝指導所)記念碑
    (宮城野区五輪)

 ついでにいいますと、一瞥した限りでは
この碑の石材は、源岩が熱や圧力を受けてできた
変成岩に属する低変成度の塩基性片岩(岩石の場合、
二酸化珪素SiO2の量が少ないことを意味します)
の一種である緑色片岩のようです。

割って薄片を作って顕微鏡で見ればわかりますが、
風化していて肉眼やルーペによる観察では
細かすぎてよくわかりません。
特殊な(岩石)顕微鏡で見ると典型的な
鉱物組み合わせは、アクチノ閃石・緑泥石・白雲母
・緑れん石・曹長石・石英からなり、
この他方解石やパンペリー石を含むことも
あるのがわかるはずです。

 直接の産地は調べかねますが、一般には
三波川結晶片岩由来でしょう。とくに代表的なのは
群馬県の神流川流域から産する「三波石」(石材名)
で、片理面をもつ青緑色を基調とし白や黄褐色の
縞が走っています。だいたい1億年から7,000万年前
くらいに変成してできた石です。全国で庭石や
碑石として、また薄く割れる性質を利用して
壁面や床面にも組み合わせて使われることが
多いのでどこかで見たことがおありでしょう。


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