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 仙台はデザイン研究発祥の地?工藝指導所とは?記念碑と跡地ブルーノ・タウト剣持勇|代表作品]
 ●設立の背景と目的
 明治6年(1873)ウィーンでの万国博覧会に日本の伝統工芸品を出品
「美術工芸の国、日本」という国際的評価を受ける。
              
「工芸振興に関する建議書」の提出
(「農商務省に一般工芸に関する事項を管掌する機関を設くる」など)
              
 日本の工芸を近代化し、発展させて「輸出振興」と「東北の産業発展()」を目指した。
 ●仙台を中心に見た工藝指導所の歴史






■昭和3年、工芸指導所「仙台」に設立
仙台の工芸指導所庁舎正面
■伝習生事業始まる
 それぞれの技を磨いた伝習生は、その後各地で地域の特産工芸品の維持発展や
 工芸デザイン教育に力を尽くしています。その数は500名以上にのぼります。

■開所1周年記念展を仙台で開催
 以後毎年11月の年中行事となりました。

『工芸ニュース』創刊
 先に発刊された『工芸指導』の普及版として発行されました。
 国内及び海外の工芸事情の紹介と当所の研究紹介に努めました。

玉虫塗りの発明
 海外輸出を目的として、外人の嗜好に合う鮮明色の漆塗装法を研究し、
 玉虫の羽色のごとく輝く玉虫塗を開発しました。


玉虫塗り
ブルーノ・タウトを顧問に招く(
 ドイツ工作連盟の一員であった建築家ブルーノ・タウトは4ヵ月間、
 日本の工芸産業の質の向上のため、熱心に指導や提案を行いました。
 【ブルーノ・タウト】のページで紹介しています。

規範原型の研究を始める
 タウト指導のもと、椅子の規範原型の研究を始め、
 その後、剣持勇、豊口克平らが研究をまとめました。













■本所が東京に移り、仙台は支所に
 木工・金工・漆工関係の研究試作を主に行いました。

■第2次世界大戦下、軍需品生産に関する研究・開発を行う
 航空機部品の木製化や木製おとり飛行機の製作を行いました。


木製おとり飛行機「飛竜」
■昭和20年空襲で東京本所、関西支所が焼失。
 東北支所だけが残る


■米軍家族住宅用家具什器の設計製作を行う
 東北支所はアメリカ第9軍オフィサーズクラブの
 家具設計と実験生産を行いました。

■工芸指導所を産業工芸試験所に改称
 仙台はそのまま東北支所となり、
 漆工関係の試験研究を担当することとなりました。

■昭和天皇皇后両陛下が視察にみえる
 東北支所に漆工研究の成果と試作品などの視察にみえました。


昭和天皇、皇后両陛下
■東北支所廃止
 東北支所は廃止され、東北工業技術試験所として独立しました。

近代工芸発祥碑建設
 仙台本所跡地(仙台市宮城野区)に
 「近代工芸・デザイン研究発祥」を記念した碑が建てられました。
 詳しくは【記念碑】のページで紹介しています。

■産業工芸試験所が製品科学研究所に改組
 研究は製品科学研究所に受け継がれ、
 工芸指導所に始まったその歴史を終えました。